フリーランス

エンジニア未経験からフリーランスのエンジニアになった話

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坂本 倫朗

坂本 倫朗

2004年から13年間フリーランスとして、ウェブ制作やアプリ制作を経験しております。 ライティングに関してWordPressのブログを運営しております。 ほかに、ウェブサイト制作、ゲームプログラミング(unity/javascript/flash)の講師を10年努めさせております。

今、私は43歳です。
ウェブサービスのフロントエンドや、スマートフォンアプリの制作をしています。
30歳になるころフリーランスになりました。

フリーランスになるまえに、1年間デザインスクールに通い、そのままフリーランスで仕事を始めています。
だから私は、ウェブやプログラミングについてはどこかに就職して下積みをした経験はありません。
職場経験といえば、27歳の時にごく短期間だけ、経理職の経験があるだけです。
年齢を重ねながら、自分のことがよくわかっていくにつれて、「ああ、つらいこともときにはあるけど、やっぱりフリーランスを選んで間違いじゃなかった」と思えるようになりました。

今回は、私がどうやってフリーランスのエンジニアになれたかをお話しします。

 

フリーランスになった経緯

私は、29歳でフリーランスになりました。
ウェブ業界で仕事をしようとこころざしたのは、私が27歳の時ですから、はじめるまで2年かかりました。
結構な回り道をしたと思います。
それはひとえに私が、おバカさんだったからにほかなりません。

先ほども言いましたが、27歳のころの私は経理職をしていました。
このときは、大きいミスから小さいミスまで、とにかくいろいろ失敗していました。経理職を経験しているうちに、私は

「これは何か、やりたいことと違う人生になっている」

と思い始めました。
叱られ続けていることも、モチベーションを下げた大きな理由だったですが、与えられた範囲の業務を、ミスなくきっちりとするということに疑問を感じていたのです。

「この先、経理で出来る範囲が増えたら、決算のときや監査の時にも対応できるようになるかもしれない。銀行との対応も上手にできるようになるかもしれない。でもそれって、私のやりたいことだろうか。」

おそらく、これを読んでいるあなたは

「そんなの、今の仕事が出来てから言いなさいよ」

と言いたくなるでしょう。

現在の私も、昔の私にそう言いたい。しかし、当時は本当に悩みました。
自分の人生を、うっかり過ぎてしまってから後悔する人生にしたくなかった。
道に迷ってしまった私でしたが、はっきりしていることが一つだけありました。
私は、なにかモノ作りがしたかったのです。

「形として表せる仕事がしたい」

私は、この感覚に従うことにしました。
その時の私は、考えが極端でした。
経理の道をやめて退路を断って、別の道を探すことにしたのです。
でも、何が作りたいかは、そのときはまだわかりませんでした。

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フリーランス当初のリアルな生活(報酬、仕事探しについて)

それは極貧生活の始まりでもありました。
一日の食費は75円となりました。一食75円ではありません。三食トータルで75円です。

四玉入っている冷凍うどんを100円で買ってきて、それを毎食ごとに一玉ずつ食べ続けたのです。
つらくはありませんでした。必ずモノづくりをしようと思っていました。

ネットでいろいろな仕事を検索しました。まず、ウェブデザインに強い興味を持ちました。
2000年ごろのウェブサイトは、悪く言うとルールが今ほど統一されておらず、しかし、ルールがないために型破りで自由な表現を追求したウェブサイトがたくさんありました。
この自由さに魅力を感じたのです。

 

今までの自分を振り返る

次に、自分の過去を振り返り、面白そうな仕事がなかったか振り返りました。
大学時代に経験したバイトで、私が一番好きだったのは、庭師のお手伝いでした。
毎回違う家に出向き、太陽の下で汗を流して働くのは楽しい記憶でした。そこで技術を発揮することも魅力的に感じました。

ウェブデザイナーと植木屋のどちらにしようか。どちらも同じくらい魅力的です。それぞれを見学して決めることにしました。

まず私が向かったのは、ウェブデザインスクールでした。
ウェブデザインスクールでは、体験講座として、Tシャツ作りの体験をさせてもらいました。
それは、ウェブとはまったく関係がないじゃないかと突っ込みたくなります。しかし、その時の私にはものすごく楽しかったのです。

「これってモノづくりじゃん!」

興奮しました。
「必ず入学しますから」と話して帰ってきました。あっさり道はきまったのです。
もし、最初に植木屋の手伝いにいっていたら、単純だった私は興奮して、植木屋になっていたことでしょう。
きっと、私の人生はまるで違った人生になっていたはずです。

 

フリーランスになる為にデザインスクールに通うが、、

デザインスクールに通おうと思ったとき、季節は冬でした。
そのときの私は、デザインスクールに通うお金は持っていません。
というより、着るものを買うお金もなく、12月になってもフリース1枚で過ごしているようなありさまだったのです。

「生活をして、学校に通うお金を貯めるために、アルバイト先をさがさなくては。」

ウェブデザイン会社の面接にもいきましたが、経験がないと難しいと言われます。
お金に困った私は、アルバイトが見つかるまで、二週間の短期の派遣をすることにしました。
派遣先は、インターネットプロバイダーの会社でした。
私の任された業務は、送られてきたFAX内容をパソコンに入力するお仕事です。単調な入力業務です。

この時期の私は、とにかくガツガツしていました。
10人ほどいた短期派遣のスタッフの中で、一番大量に正確に入力することを目標に働きました。他の人の3、4倍はやったと思います。

私のガツガツした仕事の姿勢を、派遣先の方が気に入ってくれて、そのまま長期派遣へのお声がかかりました。
そのプロバイダー会社は、後に日本人の誰もが知ることになる企業です。良い時給でした。
生活も楽にできて、学費もすぐに貯まりそうな好条件です。しかし、私はそこをお断りしました。

理由は「書類整理のような仕事ではなく、ものづくりがしたいから」

でした。

派遣元の営業の方も、

「学校に行きたいんですよね。ここより良い条件のところはないですよ。もう一度考え直せませんか」

と言ってくださいました。それでも断わりました。
そのお仕事が、本当にとても良い条件だったということは、後になってわかりました。
すぐに。
後悔先に立たずです。
結局、私はそこよりもずっと安い時給で、深夜のバイトを始めることになったのです。

 

デザインスクールに通うためのお金を貯める生活

お金はなかなかたまりません。
学校に通うのは2年間のアルバイトが必要でした。その間も、勉強は続けました。
やっとウェブデザインスクールに通えるとなったときは、喜びよりも「ものにする。何が何でも」という気持ちしかありませんでした。

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独学でデザインを学び、名刺やロゴ作成の副業をする方法

 

深夜にバイトをして、そのまま、朝、ウェブデザインスクールに通って講義を受ける生活が始まりました。
寝ていないので講義中は眠くなります。先生が遠くでしゃべり、自分はパソコンと向き合う講座です。
私はみんなが着席する中、一人だけ立って講座を受講しました。座ったら寝てしまうからです。直立するとマウスとキーボードが操作できないので、中腰で「エアー椅子」を決める私。奇妙な人だと思われたのでしょう。なかなか友達はできませんでした。

そんな友達ができにくかった私ですが、卒業間近に、OJTとして、ある企業のウェブサイトを数人のメンバーで作る機会がありました。

メンバーみんなのスキルが未熟だったので、大変な思いをして作りました。大変な過程を通して、友達になれました。
そのメンバーは現在も続く友達となりました。

 

デザインスクール卒業後にフリーランスへ

私が、スクールの卒業後、すぐフリーランスになることについては、多くの人が批判的でしたが、そのOJTのメンバーが、仕事をいくつか紹介してくれました。私がフリーランスを続けてこれたのは、スクールで作った友達に支えられてきた結果です。
その御恩もあり、私は今もそのスクールで講師をしています。

私のフリーランスのスタートまでは大変過ぎました。私は、この時期の経験から二つ大事なことを学びました。

「良い条件の仕事は、のがさずやってみる」

「勉強の仲間は大事にすること」

 

ということです。

ただ、自分の人生を自分で決められたことと、フリーランスを続けるなかでも良い友を得てきたことで、私に後悔はありません。
フリーランスになろうと思ったら、よく計画を立てれば、私ほど苦労しなくてもなれるはずです。
自由に生き、良い友を得る道として、私はフリーランスの生き方をお勧めします。

 

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